SEA プロジェクト プレイベント3-2
特別上映+トークショー
「映画から見るシンガポール・マレーシアのアイデンティティ」
開催趣旨

トークショーの様子

トークショーの様子
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文/
喜田 小百合

「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」のプレイベントである「映画から見るシンガポール・マレーシアのアイデンティティ」は、国立新美術館開館十周年記念ウィークの同時開催イベントでもあり、展覧会や東南アジアの歴史文化を幅広い層に紹介する目的で企画しました。「サンシャワー展」を構成する9つのテーマのなかでも「さまざまなアイデンティティ」に焦点を当てたのは、リサーチで出会った多くの作家がアイデンティティの問題を頻繁かつ切実に作品化していたからです。また同テーマには結果的にシンガポールとマレーシアの出展作家が多く含まれることから、イベントでもこの2か国の事情に着目するに至りました。さらに、そうした出展作家のほとんどが映像制作に取り組み、何人かは映画監督の肩書を併せ持つという状況に鑑みて、美術作品としての映像にこだわらず商業映画を上映しました。これはたくさんの来場が見込まれる国立新美術館開館十周年記念ウィークに、大衆性があり社会の諸側面を映し出した映画作品を紹介することで、東南アジアの現代美術に関心を持つ層の裾野を広げ、多方面での集客を促すという意図もありました。

今回上映したのは、シンガポールの映画監督であり「サンシャワー展」の出展作家のひとりでもあるブー・ジュンフェン監督の初長編作品『Sandcastle』(2010)とマレーシアのヤスミン・アフマド監督の初期作『細い目』(2005)です。2本の上映の合間には、国立新美術館と森美術館のキュレーター2名が映画プレゼンターである松下由美氏と舞台芸術の専門家である滝口健氏を迎えてトークショーを行いました。

ブー監督の『Sandcastle』は、1990年代のシンガポールを舞台とし、18歳で兵役を迎えた主人公が反政府運動に関わっていた亡き父親の過去を知り、シンガポールの歴史や家族との葛藤に向き合うという物語です。題名どおり「砂の城」のような場所で生活する息苦しさを表現する一方で、丁寧に織り成された物語と程よいエンターテインメント性によって観客を魅了する本作は、現代を生きる日本人にとってもリアリティを持って見ることができます。また、国や個人の忘れられた歴史や物語をすくい取り、見る者に問いを投げかける作風は映画制作のみならず、彼のアート作品にも共通します。「サンシャワー展」への出品を交渉中の《Happy and Free》(2013)は、1963年のイギリスからのマレーシア連邦独立を祝う歌「Happy and Free」が流れるカラオケルームのインスタレーション作品であり、「もし1965年にシンガポールがマレーシアから分離しなかったら」と仮定して連邦独立50周年を祝うというユニークな設定がなされています。

ヤスミン監督の『細い目』はマレー系少女オーキッドと、路上で香港映画などのVCD(ビデオCD)を売ってほそぼそと暮らす中華系の青年ジェイソンの恋物語です。ヤスミン監督は国内に混在する宗教や民族、言語といった壁を軽やかに乗り越える数々の物語を発表しましたが、2009年に51歳の若さで亡くなりました。初期作『細い目』は青春映画でありながらマレーシアの抱える社会的問題を盛り込み、マレー系と中華系のあいだの深い溝や、家族や友人同士で複数の言語が飛び交う様子が描写されています。多様なバックボーンを持つ人々が混在するマレーシア社会を映画で切り取った彼女は、差別のない社会をフィクションとして描くことで、現実をそれに近づける方法を模索していたようにも思えます。分かり合えなさや差異をいかに受け入れるかは、マレーシアに限らず現在どこにいても差し迫った問題であると考え、『細い目』を上映しました。

トークショーでは、両作品を日本で紹介した立役者であり、幼少期を東南アジアで過ごした経験のある松下氏に、同地域の社会状況や映画制作のリアルな事情を話してもらいました。また舞台芸術の研究者でありマレーシアとシンガポールに計17年滞在した経歴を持つ滝口氏からは、同地域における舞台芸術の貴重な映像資料を見せてもらうとともに、アイデンティティについての幅広い見識を聞くことができました。

イベント終了後のアンケートでは、「東南アジアの社会の仕組みや歴史的背景が分かりやすく解説され、深い知識を得られて満足だった」という旨の回答が多く見られました。同時に、「トーク内で紹介された現代アーティストにも興味が湧き、サンシャワー展を見るのが楽しみになった」という感想も集まり、美術以外の関心から来場した方への宣伝効果を実感できました。

写真: 川本聖哉

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