SEA プロジェクト プレイベント3-5
特別上映+トークショー
「映画から見るシンガポール・マレーシアのアイデンティティ」 トークショー(3/3)

会場の様子
会場の様子
face_takeda
武田

いろいろと面白いお話が続きますが、ここで、話をシンガポールからマレーシアに移したいと思います。マレーシアとシンガポールはかつてイギリスの統治下にあり、いったんは同じ国として独立しましたが、その後別の国として発展したという経緯があります。現在のマレーシアは、民族構成や経済発展の方法もシンガポールとは異なっていますが、滝口さん、文化の面ではどのような特徴があると言えますか。

face_takiguchi
滝口

シンガポールは各民族が平等であるという原則のもとで成り立っている国です。対してマレーシアは、「マレー人が特別な地位にある」と憲法に明記されています。ここが両国の一番の違いです。文化に関しては、1973年に制定された「the National Culture Policy」という国家の文化基本法がありますが、そこにははっきりと「マレーシアの文化はマレーの文化を基本とする」と書かれています。この文化基本法は改定されずに、唯一の文化法として存在し続けています。ある意味で、マレーシアにおいてマレー系以外の他の民族は、マレー系の文化、多数派であるマレー人というものを常に意識しつつ、自分たちのアイデンティティを形成するかたちにならざるをえない、というところが一番の特徴だと思います。

face_takeda
武田

米田さん、片岡さんはマレーシアでの現地調査をうけて、アイデンティティの観点からマレーシアの作家をどう見ていますか。

face_Yoneda
米田

マレーシアもシンガポールと同様さまざまなレベルでアイデンティティを問い直す作品・作家が多い印象です。たとえば、今回出展予定の作家のひとりにイー・イラン(Yee I-Lann、1971)という人がいます。彼女は、中華系とカダサン族をルーツにもつマレーシア人の父とニュージーランド人の母との間に生まれ、オーストラリアで教育を受けました。彼女は写真を中心に作品を展開していますが、たとえば、この《マレーシアナ・シリーズ》(Malaysiana Series、2002)は、ある写真館で写真を撮るさまざまな人を、民族や年齢、階級、ジェンダー、人種など、同じカテゴリーで集め、それを連続して展示する作品です。彼女の作品はハイブリディティや多様性を表現する作品が非常に多いです。もうひとつ、《うつろう世界》(Fluid World、2010)という作品があります。かつて水路を中心に生活をしていた土着の民族たちからインスピレーションを得てつくった作品です。これはバティック(ろうけつ染め)でつくられていて、色々なことが読み取れると思います。たとえば、バティックが女性の職人の仕事だったということから女性性やジェンダーの問題を見出すことができます。あるいは「水」といったモチーフです。イー・イランの故郷であるボルネオ島のサバ州は雨季と乾季が非常にはっきりとしていて、ひどい雨季のときには家まで浸水してしまうような町もあります。そういった町では水害が問題になり過疎化が進んでいたりもします。この作品は文化的な流動性というか「うつろい/Fluid」という作品名が示すように、さまざまなものが根本的に流動していくということを示す作品です。

face_kataoka
片岡

ほかには、パンクロック・スゥラップ(Pangrok Sulap)という、イー・イランより若い世代のグループがいます。このグループもサバ州出身ですが、州都コタキナバルから内陸に入った町に住んでいます。サバからマレーシアという国を見ると、同じ国であるのにマレー半島がすべての中心のように見えるといいます。サバとサラワクは63年にマレーシアになったにもかかわらず、どこか存在を忘れ去られている、また優劣の関係が存在するという意識が大きくあるようです。彼らの作品は《MA=FIL=IND》(2015)という作品をつくっています。1963年に「マフィリンド構想」という、マレーシア、フィリピン、インドネシアをひとつの国として考える構想がありました。結局実現はしませんでしたが、彼ら若い世代のキュレーターが「マフィリンド構想が実現していたらどんなことが考えられるか」ということを同世代のアーティストに投げかけてつくられた作品です。

face_takeda
武田

最後に、この後上映する『細い目』(SEPET)について話をしたいと思います。『細い目』のヤスミン・アフマド監督(Yasmin Ahmad)は1958年生まれ、長編作品5作品を残して2009年に51歳で急逝しました。松下さんは東京国際映画祭にヤスミン監督の作品が上映された際通訳をお務めでしたし、滝口さんもマレーシア、シンガポールで親交がおありだったとうかがっています。マレーシア映画の歴史における彼女の立ち位置はどのようなものだったのか、またどのようなインパクトを残したのかお聞かせいただけますか。

face_matsushita
松下

長編作品としては2002年に『ラブーン』(RABUN)という作品があるものの、『細い目』は彼女の初期の作品として大きな注目を集めた作品です。『細い目』の1シーンで「かつてマレーシアには映画の黄金期があったのに今はどうだ」といった台詞がでてきますが、実際マレーシア映画が長く停滞していた時期がありました。そのような状況のなかで、まさにヤスミン監督が、マレーシア映画が世界の注目を集める潮流をつくったと言えると思います。彼女は広告代理店のアーティスティック・ディレクターとしてすでに独自の優れた作品をつくっていたので、映画デビューしやすかったということはあったかもしれません。けれども、まったく商業的な後ろ盾のないなかで、彼女がこうした注目を浴びることによって、他の人たちも後に続きやすくなりました。あくまでもマレーシアはマレー語の国で、マレー語以外の言語であると外国映画扱いされて税金がかかったり、公開できなかったりなど冷遇されてしまう状況があります。その状況を打破した、とまでは言えませんが、ヤスミン監督は人種を問わず融合して連帯感を生み出し、映画学校などを出ていない人、中華系、インド系の人でも映画を撮るきっかけをつくった人と言えるのではないでしょうか。

face_takeda
武田

滝口さんには、マレーシアの舞台芸術の作品についても画像をご用意いただきました。作品の紹介もしていただきつつ、マレー系、中華系、インド系のマレーシアの人々がほとんど交わらないかたちで社会を形成するマレーシアにおいて、ヤスミン監督が目指したものはどういったことだったのか、また彼女のマレーシアでの評価についてお話しいただけますか。

face_takiguchi
滝口

まず、用意した画像ですが、日本でも世田谷パブリックシアターで上演された『 Break-ing 撃破 Ka Si Pe Cah』という作品です。マレーシアでは言語の問題もあって民族間を越え演劇がつくられることはあまりありませんが、この作品は、マレー語での演劇、中国語での演劇、英語での演劇をそれぞれ行っている俳優が、ある種の「インターカルチュラルコラボレーション」という形をとってつくった作品のひとつです。お見せしている場面で行われているのは、中華系の若手俳優が、『二つの階級の間で』(Antara Dua Darjat、P.ラムリー監督(P. Ramlee、1929-1973)、1960)というマレーの黄金時代の映画とまったく同じ動作・台詞を演じるという実験です。全員もちろんマレー語での教育を受けていてマレー語を十分話せるのですが、同じマレー語を話しながらも、自分の持つ「華人」という身体性が非常な違和感をもって現れてしまうということを示す面白い実験だったと思います。このように、ある種の越え難さというか、どうしても越えられない部分、わかり合えない部分があるのです。マレーシアでもシンガポールでもそうだと思うんですが、これだけ多くの言語や文化が並存している国で日常を生きていますと、100%自分の思っていることが伝わるということを誰ひとりとして信じてはいないと思うんです。その限界を皆がきちんと見極めたうえで、どうやったら一緒にやっていけるのか、どうすれば一緒にひとつの国や国民としてやっていけるのかということを、演劇や映画や美術の世界でさまざまな人がさまざまな実験を行っているのです。ヤスミン監督の作品群は、さまざまな文化を持った人々がどうやって一緒にやっていけるのかということを絶えず問いかけていたのではないかと思います。

face_takeda
武田

時間があっという間に過ぎてしまいました。「サンシャワー展」期間中も、両会場での展示は展示としてお楽しみいただきつつ、関連イベントとして東南アジア各国、各地の文化や社会、暮らしなどに注目した講演・講座などを実施する予定にしています。最後に展覧会のPRを片岡さんからしていただきましょう。

face_kataoka
片岡

冒頭でご紹介したとおり、「サンシャワー展」は、規模的に東南アジアの現代美術を紹介する過去最大の展覧会で、10か国全ての国の作家・作品を紹介します。また対象年代を1980年代から現代までとしましたが、もっとも新しい若い世代を紹介するだけではなく、80年代から現在までの作品の紹介を通じ、世代の変化によって関心事がどのように変化し、そこからどのような社会、経済、歴史の変化を読み取れるかについて考えられる展覧会にしようと考えています。その意味で、来場者にとって読み解きがいのある展覧会になると思います。私たちは往々にして「東南アジア」や「ASEAN」のように一括りにして見てしまいがちです。でも各国の事情はそれぞれ異なっており、その相異を理解していくことが重要だと思っています。また、日本を含めたアジアの他地域の文化的なつながりも強く感じられるのではないかと思います。各国の事情と地域全体がつながるような視点が見える展覧会にしたいと考えています。

face_takeda
武田

どうもありがとうございました。これでトークイベントを終わらせていただきます。ご登壇の皆さん、本日はありがとうございました。

トークショーの話を聞きながらメモをとる来場者の姿

写真: 川本聖哉

SEAプロジェクト プレイベント3
特別上映+トークショー
「映画から見るシンガポール・マレーシアのアイデンティティ」