SEA プロジェクト プレイベント2
ヘリ・ドノによるパフォーマンス&トーク+SEAプロジェクト報告:インドネシア編 第1部 ヘリ・ドノによるパフォーマンス&トーク

パフォーマンスをするヘリ・ドノ氏

パフォーマンスの終盤、スクリーンの前に登場し拍手をあびるヘリ・ドノ氏
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文/
喜田 小百合

2017年夏から開催される「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」のプレイベントの第1部では、出展を予定している作家のひとり、ヘリ・ドノ氏を招き、インドネシアの伝統的な影絵芝居「ワヤン」の手法を用いたパフォーマンスと、「曼荼羅の視点(Perspective of Mandala)」と題されたプレゼンテーションが行われました。

インドネシアを代表する現代美術家であるヘリ・ドノ氏は、1960年ジャカルタ生まれ。絵画やインスタレーション、パフォーマンスなど、多岐にわたる媒体で作品を発表しています。伝統文化と現代の感性をシンクロさせつつ、一貫して政治や社会に対する鋭い批評精神を発揮すると同時に、ユーモラスな独自のセンスで観る者を魅了してきました。そのキャリアの出発点になったのが、ワヤンやアニメーションを用いた物語的表現方法です。1970年代に作家としてのキャリアをスタートさせた頃、美術の手法としてのアニメーションに関心を寄せたヘリ・ドノ氏は、「ワヤンはある点では、単純なアニメなんだ。僕たちは、実際、アニメ映画を作るのにワヤン・クリの構造を使うことができる」(*1) と述べています。そしてワヤンを研究することは、絵画やキネティック・スカルプチャーをはじめとする多彩な表現の追求につながりました。

ワヤンの上演時、会場には白いスクリーンと照明セットが仮設され、作家本人によるインドネシア語でのひとり語りと、金属で打ち鳴らされる幻想的なガムランが響き渡りました。スクリーンに映し出されたコミカルな風貌のキャラクターたちの影は、物語の進行と連動して大きくなったりぼやけたりと表情豊かに操られます。今回の物語の中心になったのは、フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh、1853-1890)とキ・シギット・スカスマン(Ki Sigit Sukasman、1937-2009)という二人の芸術家です。「ゴッホは日本の浮世絵に興味を抱き、浮世絵を通じて日本文化のみならず仏教への関心も深めました。そして浮世絵を模倣した作品――筆致は元の作品よりも粗いものですが――を制作するに至ります。しかし東洋の精神性を取り入れようとしたゴッホの試みは、当時のヨーロッパで認められることはありませんでした」 (*2)。

もうひとりの芸術家スカスマンは、ヘリ・ドノ氏がASRI(Academy Seni Rupa Indonesia、現インドネシア芸術大学(The Indonesian Institute of the Arts;ISI))を中退したあと、ジョグジャカルタで師事した著名なワヤン・クリの達人です。「スカスマンはヨーロッパで10年間暮らし、ワヤンをはじめとする作品にアールヌーボーの様式を取り入れましたが、インドネシアでは伝統を破壊した者ととらえられました。伝統芸術の世界には受け入れられず、その一方で現代アート界からは伝統芸術家とみなされたスカスマンは、孤独感に苛まれました」。ヘリ・ドノ氏は「ゴッホとスカスマンは、作品制作に至った道のりとその皮肉な運命に彩られた生涯が、どこか似て」いることに気づき、「今回、ゴッホとスカスマンが漫画の世界に入り込んだという設定」を思いつきました。「架空の世界で2人は出会い、ひまわりの絵を一緒に描きますが、スカスマンは古代インドの武器チャクラムを、ゴッホはピストルを使って自殺を図ってしまいます。試みが失敗に終わると、今度は凶器を交換して再び自殺を企て、ついに成功。死んだゴッホはミッキーマウスに、スカスマンはワヤンの人形に姿を変えます」。

上映後スクリーンの裏側を覗くと、鑑賞者の側からは単色の影にしか見えなかった人形たちに、じつは鮮やかな色彩を与えられ別世界が存在していたことに驚きました。ワヤンの伝統的な考え方では、裏側のカラフルな世界はあの世で、現世からは白黒にしか見えないとされます。人形師は動きや声を与えることでワヤンに命を吹き込みますが、これは電気を原動力としながら照明や音響と組み合わされた、ヘリ・ドノ氏の多くのキネティック・スカルプチャーやインスタレーションに登場する彫像にも共通し、紙芝居のように一枚一枚が物語を持つ彼の絵画作品においても、複数並べることでその特徴は明瞭化されます。

プログラムの後半に行われた「曼荼羅の視点」と題されたプレゼンテーションでは、東西の比較から見える東洋的な世界観について、ボロブドゥール寺院を例にした考察が発表されました。宇宙は誰のものでもなく私たちは借りているだけ、というアジアに根強い意識は、多様な言語や民族、無数の島を擁するインドネシアの風土にも通底し、ヘリ・ドノ氏の古い物をリサイクルしたローテクなインスタレーションにも反映されています。最後には2015年の第56回ヴェネチア・ビエンナーレ(The 56th Venice Biennale)のインドネシア館を占領した、巨大な戦車のインスタレーション《Voyage Trokomod》についての言及もあり盛り沢山な内容でした。2017年夏からの「サンシャワー」展では、現代社会の在り方や東洋の世界観についてユーモラスな物語的手法で問いかけるヘリ・ドノ氏の芸術をお楽しみいただければ幸いです。

*1. ジム・スパンカット「コンテクスト(文脈)」、古市保子編『ヘリ・ドノ展:映しだされるインドネシア』、国際交流基金アジアセンター、2000年、p.37
*2. ヘリ・ドノ「ワヤン・レジェンダの上演に寄せて―フィンセント・ファン・ゴッホとスカスマン」(本イベントにて配布)からの引用。以下、同資料より引用。

写真: 御厨慎一郎
写真協力: 森美術館

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