調査:ブルネイ02
バンダルスリブガワン
2016.09.25 - 09.26
2度目のリサーチとなったブルネイ。今回は生まれてから11歳までブルネイで過ごした協働キュレーターのマーヴ・エスピナが同行してくれたことにより、前回よりさらに充実した調査となりました。なかでも、若いアーティストたちが集まり、自分たちの表現の場を広げていこうとしている姿が印象に残りました。
- マーヴ・エスピナ
- 熊倉 晴子
- 喜田 小百合
- 片岡 真実
- 米田 尚輝
ヤスミン・ジャイディン(1987-)
バンダルスリブガワン
2016.09.25
1987年ブルネイ生まれのヤスミン・ジャイディンは、2007年から2010年まで、さらに2013年から2014年までロンドンで美術教育を受け、現在はブルネイを拠点に活動しています。今も展開を続けている砂糖を用いたシリーズの原点となった《Factory》(2008)は、ある一定の比率で水に溶かして乾かすと固くなるという性質を生かし、40センチ四方ほどに加工した砂糖のタイルを積み重ねた作品です。砂糖や水といった素材を採用することで、当たり前にある身近な存在を異化し全く別の視点で見せるというコンセプトは、その後の作品にも継続されています。宝石店のディスプレイから着想を得た4つの台座で構成される《Our Habitat》(2014)では、台座の一部を砂糖で鋳造することでギャラリースペースにおける台座の「機能」について考察しました。現代アートに対する一般的な理解がまだ十分ではないブルネイでは、発表の場はいくつか存在するとはいえ、コンスタントに展覧会を行うことは難しいと語ってくれました。
アワン・ビン・シタイ (1949-)
バンダルスリブガワン
2016.10.26
アワン・ビン・シタイ(Awang Bin Sitai)は1949年生まれのアーティスト。1970年に国費留学生としてブルネイから渡英した初めてのアーティストのひとりです。それまでは主に美術教師たちが国費留学の対象となっていました。全部で3度渡英したアワン・ビン・シタイは、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso、1881-1973)やアンディ・ウォーホル(Andy Warhol、1928-1987)など、20世紀の巨匠たちがまだ存命だった時代にヨーロッパで学ぶことは非常に刺激的であると同時に、自らのスタイルを確立するということに関しては、難しい時代でもあったと言います。アワン・ビン・シタイの描いていた抽象画は当時のブルネイにおいては非常に珍しいもので、近代美術をブルネイに持ち込んだ最初の世代と言えるでしょう。帰国後は、1975年に開局した国営テレビ局で美術セットのデザインなどを仕事としながら、絵画の制作を行っていました。また同時に、20人を超える仲間のアーティストたちとブルネイ・アート・アソシエイション(the Brunei Art Association)を設立し、年に数回展示を行うなど、その活動は1990年代まで続きました。まさに今日のブルネイ美術の楚を築いた人物であると言えます。
クリエイティブ・スペース
バンダルスリブガワン
2016.10.26
前回のリサーチでもインタビューを行った画家オスマン・ムハンマド(Osman Mohammad、1950-)が娘でありキュレーターのオスヴェアン・オスマン(Osveanne Osman、1989-)とともに設立した新しいアートスペース。オスヴェアン・オスマンはオーストラリアのクイーンズランド工科大学(Queensland University of Technology)に国費の奨学金で留学し、2012年にブルネイに戻ってきました。帰国後、ブルネイには現代美術のためのプラットフォームが存在しないことに気がつき、作家にとって表現活動がしやすい環境をつくるため、このスペースを設立したとのことです。クリエイティブ・スペースは展覧会や制作のためのワークショップをはじめ、海外からスピーカーを招聘して行うネットワーキングフォーラムや、クリエイティブカンファレンスの企画、ブルネイのアーティストのデーターベースや、アーカイブの構築など幅広い活動を視野に入れています。これらの活動は、作品の制作だけでなく、ネットワークやアートマーケットについても多くのアーティストと共有することを通じて、ブルネイのアーティストが国際的に活躍し、自立した生活を送ることのできる経済的状況をもたらすためだと言います。また、長年フィリップ・モリス賞(The Philip Morris Group of companies)のブルネイでの展覧会をオーガナイズしていたオスヴェアン・オスマンは、その経験と人脈を生かし、ビエンナーレなどの国際展やアートフェアへ政府や企業からの援助が受けられるよう働きかけていきたいと語ってくれました。
Special Thanks
アズミナ・アフマド | Azmina Ahmad
アフマド・ズクハイリ | Ahmad Zukhairi
アリ・ハジ・アブドゥル・ラヒム | Ali Haji Abd Rahim
アワン・ビン・シタイ | Awang Bin Sitai
オスヴェアン・オスマン | Osveanne Osman
オスマン・モハメド | Osman Mohamed
ザカリア・ビン・オマール | Zakaria Bin Omar
ザクワン | Zakwan
Pg ティンバン Pg Hj トゥア | Pg Timbang Pg Hj Tuah
マジヤ・ユソフ | Maziyah Yussof
マハディ・B・Hj・マトゼン | Mahaddi B.Hj.Matzain
ヤスミン・ジャイディン | Yasmin Jaidin
リサ・アフマド | Lisa Ahmad
ワン・ザヒダ | Wan Zahidah
Research
- フィリピン
- (2015.01.08 - 01.11)
- ミャンマー
- (2015.10.24 - 10.29)
- インドネシア
- (2015.11.13 - 11.23)
- ベトナム
- (2015.12.13 - 12.20)
- カンボジア
- (2016.01.24 - 01.26)