SEA プロジェクト プレイベント2
ヘリ・ドノによるパフォーマンス&トーク+SEAプロジェクト報告:インドネシア編 第2部 プロジェクト報告 プレゼンテーション1

インドネシアの美術状況について報告をする片岡真実森美術館チーフ・キュレーター

パフォーマンスで使用されたワヤン・クリの人形

インドネシア現代美術の状況と国際展

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片岡 真実

リサーチプロジェクト「SEAプロジェクト」では、2015年から約1年半かけて東南アジアの10か国で調査を行ってきました。このプロジェクトを開始してもっとも難しいと思ったことは、ASEANに加盟している10か国の歴史、政治、社会的状況がそれぞれ異なっていて、そうした背景を日本のオーディエンスとどう共有できるのかということです。文脈を共有することによって初めて分かってくる作品もありますから、政治、経済、社会、文化といったもののダイナミックな変化を展覧会にも反映させていくことが必要だと考えています。

今回お話するインドネシアは東南アジアのなかでも、非常に大きな地域を占めています。人口2億6000万人、ASEAN10か国内で最大の国です。面積は190平方キロメートル、公用語はバハサ・インドネシア、宗教はイスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教、仏教と非常に多様です。すごく面白いと思っているのは、インドネシアの平均年齢が27.8歳だということ。日本はおよそ45歳ですから、若い世代が非常に多いことがひとつの特徴として挙げられると思います。島の数は1万3000島を超え、民族はおよそ740民族、諸言語が公用語とは別に600近くあり、日本にいるとなかなかイメージできないほどの文化的多様性が一国のなかにある、ということを共有しておきたいと思います。

アートについては、ジャカルタ、ジョグジャカルタ、スラバヤ、バンドンが重要な都市です。ジャカルタは人口が1000万人を超えており、しかも面積は東京の3分の1ぐらいなので、この比較をするだけでも人口密度が非常に高いことが分かります。バンドン、スラバヤもそれなりに大きな都市です。ジョグジャカルタは街としてはそれほど大きくはありませんが、アートの世界では非常に大きな役割を果たしている現代アートの中心地と言えます。ジャカルタなどの中心地に行くと、東京と変わらない高層ビルが立ち並ぶ煌びやかな街になっています。こういう側面がありながら、例えばジョグジャカルタ近郊のプランバナン寺院群(9~10世紀)や世界最大の仏教遺跡ボロブドゥール遺跡(8世紀)があるという、非常に長い文化の歴史を有しています。

インドネシアに限らず東南アジアと日本との関係という意味では、戦時中の1941年から45年にかけて多くの国を日本軍が占領していましたが、その事実は日本国内において広く共有されているとは言い難い状況にあります。日本は戦後の45年から70年間、平和な国といわれています。けれど東南アジアを見るときに、この70年の間にも様々な政治的変動があったということを抜きにしては美術の理解にも及びません。

主なものを簡単にご紹介しますと、日本軍によるインドネシア占領の時代、日本が行っていた様々な政策のひとつに、インドネシア各地に文化センターとして「啓民文化指導所」を設立、日本の芸術家、デザイナー、音楽家などを派遣し、多様な芸術ジャンルについて指導したり、もしくは公募展などを開催したりしていました。このことは、現在のインドネシア美術関係者のなかでも重要な歴史の一部とされていて、皆さん日本語でそのまま「ケイミンブンカシドウショ」と発音することからも、日本語のまま浸透していることを表しています。

日本軍が撤退した後は初代大統領であるスカルノが独立宣言をしますが、それをオランダが認めず、1949年のハーグ協定のときに初めてインドネシアの独立が承認されます。1955年の「バンドン会議(Bandung Conference)」と呼ばれているアジア・アフリカ会議は、第2次世界大戦後に独立をしたインド、インドネシア、中華人民共和国、エジプトなどの国が中心になって開催した会議で、冷戦時代の大国ではない独立直後の国々が、どういう立ち位置を取っていくかということを確認し、共同宣言を決議しました。その10年後の1965年には軍部と共産党の間で緊張が高まり、「9月30日事件」が起こります。このクーデター自体は未遂に終わりましたが、そのためにスカルノは権限をスハルトに委譲しています。その後スハルトの時代が長く続き、98年に民主化運動が拡大し大統領を辞任するまでのあいだ、軍事政権のなかで様々な表現に対する抑圧もありました。今日パフォーマンスをしていただいたヘリ・ドノさんは1960年生まれですから、こうした変化の時代を生きてきた人です。そのなかでどういう表現に彼自身の経験が込められているのかを理解することは重要だと思います。

アジア全体のアートシーンでいえば、非常に多くの美術館が開館し、ビエンナーレが各地で行われ、アートフェアも様々な場所で開催されています。インドネシアの美術館についてのSEAプロジェクトの調査では、まず、インドネシア・ナショナル・ギャラリー(National Gallery of Indonesia)に行きました。1999年に開館したヴィジュアル・カルチャーのための施設で、国立の機関です。ただ、インドネシアでは民間や個人コレクターによる美術館の勢いのほうが強く、ジャカルタにあるアキリ美術館(Akili Museum of Art)は、ルディ・アキリ(Rudy Akili)さんが2006年に始め、ご自身のコレクションを公開しています。また、来年ジャカルタに
ミュージアム・マチャン(the Museum MACAN)という美術館がオープンする予定で、これは展示平米が3800㎡ということなので森美術館と国立新美術館を合わせたぐらいの巨大なスペースになる予定です。ここは非常に重要な美術館として機能し始めるのではないかと思います。

私たちが調査に行った2015年11月はインドネシア国内で3つの国際展が開催されていました。1つは、ジャカルタ・ビエンナーレ(Jakarta Biennale)で、1974年にインドネシア国内の絵画展として始まり、その後様々なかたちに変化を遂げて、現在国際的にも注目されるビエンナーレになっています。ビエンナーレ・ファンデーションもできているなど、運営母体についても整備が進んでいます。私たちが行ったオープニングの日は5000人ぐらいの若者が集まっていました。倉庫のような場所だったのでほとんど空調もなく、ヴィデオの部屋に冷房が入っているだけであとは暑いままというような感じでしたが、そういうラフな環境のなかでのびのびと表現をしている様子が窺えました。

それから2つ目がジョグジャ・ビエンナーレ(the Biennale Jogja)。ジョグジャカルタで90年代から開催されていたものが様々にかたちを変えて、今は「Equator/赤道」をテーマに、ジョグジャカルタと同様に赤道上にある国を選んで開催しています。

3つ目がスラバヤのジャティム・ビエンナーレ(Biennale Jatim)です。これはどちらかというとドメスティックな、インドネシア国内のアーティストが非常に多く集まっているものでした。コミュニケーションもインドネシア語がほとんどだったので情報収集という意味では難しかったのですが、スラバヤはジャワ島のなかでは第2の都市ですから、そこで若手の作品を多く見ることができました。

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2015年11月インドネシア調査で訪れたビエンナーレの様子。上から、ジャカルタ・ビエンナーレ、ジョグジャ・ビエンナーレ、ジャティム・ビエンナーレ。

インドネシアでは美術館などの整備が日本ほどは進んでいないので、個人のアーティストもしくは支援家がサポートしている様々なインスティチューションがあります。たとえばチェメティ・アート・ハウス(Cemeti Art House)は1988年に、ニンディチョ・アディプュルノモ(Nindityo Adipurnomo、1961-)とメラ・ヤルスマ(Mella Jaarsma、1960-)がギャラリーとして設立しました。レジデンスや新作を作るスペースの提供など、ジョグジャのアートシーンのなかでは重要な役割を果たしています。そこから発生した、インドネシア・ヴィジュアル・アート・アーカイヴ(IVAA; Indonesia Visual Art Archive)では大量にインドネシアのヴィジュアル・アートに関する資料が集められています。短時間の訪問ではまったく見切れませんが、研究者にとって非常に重要な資料がここに揃っています。それ以外にも、若い世代のアーティストによる集団の活動があり、彼らが展示をするスペースを提供するなどの役割を果たしています。その集団をコレクティブと呼んでいますが、代表的なコレクティブとして、ジャカルタにはルアンルパ(Ruanrupa)がいます。ルアンルパは展示やイベントを行ったり、今回はジャカルタ・ビエンナーレのファウンデーションの運営にも携わる活動をしていたり、もしくはコミュニティ向けの活動をしていたりと様々な活動を行っています。 また、今年シンガポールで始まったアートフェア「アート・ステージ」(Art Stage)が進出しており、ジャカルタにもアート・マーケットが広がりつつあります。

アートのインフラという意味で簡単にご紹介しましたが、インドネシアでは確実に経済成長に伴って様々なことが起こり始めていて、これからより規模を拡大して広がってゆくだろうと思いました。

写真: 御厨慎一郎
写真協力: 森美術館

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